昭和29年公布・施行の「狂犬病予防法の一部を改正する法律」を読んでいます。

今回は条文を読むのをやめて、前回の(そして現在も何かと話題になる)「犬の引取」(当時は末尾の「り」はなかった)について考えてみたいと思います。
その話題を考えるにしても該当条文があった方が分かり易いとおもいますので、以下に該当部分を引用します。


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 第五条の次に次の一条を加える。

 (犬の引取)

第五条の二 予防員は、犬の所有者からその犬の引取を求められたときは、これを引き取つて処分しなければならない。この場合において、予防員は、その犬を引き取るべき場所を指定することができる。
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原文は以下
狂犬病予防法の一部を改正する法律・御署名原本・昭和二十九年・法律第八〇号
 



 


狂犬病が撲滅できなかった時代


当時は法律を変えてでも狂犬病の撲滅を目指していましたが、今の時代に生きていると狂犬病に対する脅威は実感としてない人がほとんどだと思います。
なので、当時に限らず、江戸時代頃から明治・大正・昭和初期の記録を拾い上げてくださった先生方の文章を紹介しています。
以下のページに幾つか、そのような資料へのリンクを既にアップしてあります。
この法律が成立した背景

それとは別に、以下のページの末尾近くに狂犬病予防法成立直前の昭和25年7月21日の「第8回国会 参議院 厚生委員会」の議事録へのリンクがあります。
大臣署名

前者を読めば、狂犬病がなかなか撲滅出来ず、また誰にとっても身近なとなる可能性があったことがうかがえます。
後者の「006・三木行治(スマホなど幅の狭い画面だと少しスクロールしないと出て来ないかも)」の部分の中に狂犬病関連の発言がありますが、全体からみればボリュームは少ないです。今の時代に読めば狂気としか思えない政策からはじまり、結核、赤痢について語られますが、当時の医療レベルや庶民の衛生環境が想像でき、これもまた「今とは違う」時代だったことがうかがえます。
読み進めていくと発言の終わりの方に「最後に狂犬病の予防でございまするが、」から始まる部分があります。犬の移動の禁止猫について言及しなければならない状況であった一方、「今日の民主思想の下でございまするので、」から続く部分を読んでみると「これは今と近いものを感じる」とおもう部分もあります。

この議事録は昭和25年のものであり、現在扱っている改正は昭和29年ですが、日本は昭和27年までGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)占領下でした。直前に紹介した三木行治公衆衛生局長の発言の中にも「連合軍総司令部から」とあるように(占領下なので当然なのですが)国政を指導することが多々あったようです。
狂犬病対策は、欧米では当然行われていることだからか、先に紹介した「この法律が成立した背景」ページ内のリンク「GHQからのメモランダム」を読んでいただければ「GHQにとっても重大関心ごとの一つであった」ことが理解でき、時期的にも狂犬病予防法が家畜伝染病予防法から独立したのは、GHQの後押しがあり、狂犬病予防法が成立したこは「GHQからのメモランダム」を読んでいただければ理解できるとおもう(つまり日本人だけでは撲滅は難しかった)。

このことにより、昭和25年に狂犬病予防法は成立しますがそれでも撲滅はできませんでした。
 


狂犬病撲滅を目指す


狂犬病を撲滅できたのがいつなのかは以下のページに書いた。
昭和29年(1954年)狂犬病予防法の一部を改正する法律を取り上げます
昭和29年の改正後、昭和31年(1956年)に人と犬、昭和32年(1957年)に猫の狂犬病発生を確認したのを最後に国内での発生の記録はなくなります。
歴史を振り返って考えた時、この施策の成果と考えてもよさそうとなります。

その根拠は、上記に紹介したページからのリンクを全て読めばご理解いただけると思います。とてもまとめて言ってしまえば「接種率の向上」を目指したのだとおもいます。先に紹介した「GHQからのメモランダム」から引用すれば「積極的な免疫計画が実行されるべき」であり、それは予防注射の徹底、つまり接種率の向上です。

先に紹介した「006・三木行治」の狂犬病に関わる部分を読めば、「今日の民主思想の下でございまするので、」から続く部分を読めば、飼い主の意識やそこから庶民の意識が想像できると思います。放すことだけでなく、庶民からすれば決して安くない登録料や注射の料金を支払いたくない人もいたと思います。

006・三木行治」のリンク先を読めば、結核で命を落とす人もいれば、赤痢を素人療法で治そうとして感染拡大させてしまったりの時代だったようです。
今に比べれば、日常に死亡リスクはあり、医療環境は良くなってきたとはいえ、庶民が必要なものを受けるだけの経済的な余裕はなかったようです。

ちなみに、狂犬病予防法に書かれていない怪しい犬に噛まれた後の処置(今でいうところのPEP/暴露後予防)に付いては、次の段落で書きますが、噛まれて発症しない人もいれ、ワクチンが原因で日常生活が送れなくなったり、死亡する人もいました。当時、それらしい犬に噛まれた場合、発病とワクチンのリスクを天秤にかけて考えねばならないようなこともありながら、庶民の狂犬病対策意識は高まらなかったようです。

そこで、今までやっていなかった必要と思われる施策として、この「犬の引取」が出てきたのだと思います。
参考までに、次に紹介する「狂犬病予防法の一部を改正する法律」とタイトルが付けられた資料の中に、この改正の理由が書かれている(57ページ)ので以下にコピペする。

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     理由
 野犬の増加を防止するため、狂犬病予防員は、犬の所有者から求められたときは、犬を引き取つてこれを処分しなければならないこととするとともに、狂犬病のまん延防止及び撲滅をはかるため、都道府県知事は、狂犬病が発生した場合において、区域及び期間を定めてけい留されていない犬を薬殺させることができることとする等の必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。
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(薬殺に付いては、もう少し後の条文ででてきます)

  

(犬の引取)第五条の二 が出来るまで


以前、自分のブログでも取り上げたが国立公文書館デジタルアーカイブに件名狂犬病予防法の一部を改正する法律とされる資料がある。
全60ページとボリュームがある。鉛筆書きと思われる部分の中には読めない箇所もあるし、後ろの方には手書きの集計資料もある。また、小冊子が2つ含まれている。小冊子は一般向けなので私でも簡単に理解出来る。これに付いては後述することとして、冒頭法律案に出てくる「犬の買上」「犬捨場」について触れておきたい。

冒頭二ページ目から法律案がある。かすれて見えない箇所と微妙に見える箇所に「犬の買上」「犬捨場」らしきが見えるが半分消えている。しかし数行進むとはっきりとそれらの文字が読み取れる。
更にページをめくり、四ページ目を見ると清書したと思われるものが出て来て、ここにははっきりとそれらが書かれている。その他、先に書いた薬殺についても書かれてあり、令和に生きる人間にはショッキングに感じる。
更にもう一つ法律案が掲載されているが、こちらも「犬の買上」「犬捨場」の文字がある。

上記資料の4ページから少しだけ引用してみる(二八・一二・七)。
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 (整理)
第五条の二 都道府県知事は、犬の買上、犬捨場の設置等の措置を講じ、野犬化の防止につとめなければならない。
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(引用元)件名狂犬病予防法の一部を改正する法律国立公文書館デジタルアーカイブ 4ページ

同じ資料の6ページ目からも引用してみる(二八・一二・一五)。
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 (犬の買上及び犬捨場の設置等)
第五条の二 都道府県知事は、所有者のいない犬の増加を防ぐため、犬の買上及、犬捨場の設置の措置を講じなければならない。
2 犬の所有者は、前項の買上を受けようとするときは、厚生省令の定めるところにより、その犬を保健所又は都道府県知事の指定する場所に送致しなければならない。
3 犬の所有者は、その犬を捨てようとするときは、第一項の犬捨場にこれを捨てなければならない。
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(引用元)件名狂犬病予防法の一部を改正する法律国立公文書館デジタルアーカイブ 6ページから

この法律案を読んでいて今(令和6年:2024年)日本に暮らしている者として苦笑した。それくらい(動愛法だけでなく、他者への配慮、コンプライアンス等の感覚も含めて)時代の違いを感じました。
なので、「今の感覚で判断してはいけない部分は多々あるだろうから、客観的にこれらを読むしかない」と考えています。


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上記法律案に続き、小冊子が2つある。時代の違いもあるが、何かと興味深く「もしかしたら今よりも犬が(気持ち的に)身近だったのかも」と感じられる部分もあったので、次の段落で改めて(簡単にですが)取り上げます。

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2つの小冊子に続いて、また法律案が出てきます。同じ資料の40ページ(二九・一・五))
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 (犬の買上及び犬捨場の設置)
第五条の二 都道府県知事は、所有者のいない犬の増加を防ぐため、必要があると認めるときは、犬の買上及び犬捨場の設置の措置を講ずることができる。
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(引用元)件名狂犬病予防法の一部を改正する法律国立公文書館デジタルアーカイブ 40ページ


続いて、諸々の集計等が掲載されている。
それに続いて、更に法律案がある。同じ資料の47ページ目(二九・一・七・法制局審議済)
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 (犬の引取)
第五条の二 予防員は、犬の所有者からその犬の引取を求められたときは、これを引き取って処分しなければならない。この場合において、予防員は、その犬を引き取る場所を指定することができる。
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(引用元)件名狂犬病予防法の一部を改正する法律国立公文書館デジタルアーカイブ 47ページ


この時点で出来上がったようですね。日付は「昭和29年1月7日」。


  

(犬の引取)第五条の二 はなくなる


現在の狂犬病予防法に、この条文はありません。

昭和48年に制定された「動物の保護及び管理に関する法律」の第七条として引き継がれます。
この頃から「引き取らなければならない」の部分がなにかとトラブルの原因になっていました。

平成11年(1999年)の大改正で「動物の保護及び管理に関する法律」は「動物の愛護及び管理に関する法律」に名称も変わり、法律のボリューム増え、第七条は第十八条になり、平成17年(2005)の改正で第三十五条となり、「三十五条問題」と言われてきたものです。

もうすぐ法改正の時期だと言われている令和六年現在も第三十五として残っています。


元が狂犬病がいつ発生してもおかしくない、また町中に犬がウロウロしていることも珍しくなかった時代のものです。当時を考えれば、可能な限り引き取るのが社会のためになったのだと思います。


余談になりますが、近年、犬の登録時に交付されていた鑑札の役割をマイクロチップに持たせてもよいことになりました。
この話が出た後、狂犬予防法を一所懸命読んだのですが何処にも出てこない。動物の愛護及び管理に関する法律に書かれていました。

一般飼い主の感覚からは理解し難いですが、狂犬予防法動物の愛護及び管理に関する法律は密接に繋がっているようです。



(次回)
先に書きましたが、上記資料(狂犬病予防法の一部を改正する法律国立公文書館デジタルアーカイブ)に掲載されている小冊子2つについて簡単に触れたいと思います。
お時間ある方は、是非ともご一読いただきたいと願います。


もし内容に間違いがあることをお気づきの場合、疑問点がおありの場合等、以下の「こちらから」ご連絡いただければ幸いです。

2024.6.172024.6.17
2024.6.17 公開
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