2月6日(その9)

ストーブの前で時間は過ぎていく。ここはお店の中だが僕だけ違う世界にいる。一人で勝手にガタガタ震えている。はっきり言って営業妨害だろう。悪いとは思うがどうにもならない。言われたとおりに頭に氷の袋を乗せて、苦しい時間がゆっくり、意地悪く過ぎていく。
そのうちお客の数が少なくなってきた。先ほど声を掛けてくれた一行も帰ろうとするので「さっきは誘ってくれてありがとう」とお礼を言うと「別に誘った訳じゃないよ。気持ち悪そうだったから、テーブルの方が楽だと思って、、」と返事が返ってきた。嬉しいような寂しいような、この時の僕の頭では理解不能の感情だった。

10時も過ぎた頃ご飯となった。しかし、まだまともには食べられない。ユキさんがクリクリした瞳で「食べなきゃダメですよ」と命令調で言う。「だめです」と素直に答える。するとユキさんはバニラのアイスクリームを持ってきてくれた。以前、これを食べてからお酒を飲んだらあまり酔わなかったことがあった。「もしかしたら良いかも」と思い口にした。アイスクリームの冷たくて柔らかい感触が気持ちよい。ゆっくりとだが気持ちよく食べることが出来た。食べ終わる頃には「他の食べ物も食べられるかも」と思えるぐらいになった。僕を観察していた久野さんもユキさんも「顔色がだいぶ良くなったよ」「さっきは本当に真っ青でどうなるかと思った」と安心したようだ。そして、ある程度(晩御飯としての最低量ぐらい)は食べることが出来た。
どうにか晩御飯を食べて一休みしていると、美奈子から電話が掛かってきた。「アパートの更新がもめそうだ」と言うようなことを言っている。美奈子の方で処理して欲しいものだがそうもいかないらしい。とりあえず頭の隅に置いておこう。
帰る頃にはだいぶ落ち着いて一人で歩いて帰ることが出来た。家に着いたのは遅かったがNSさんは居なかった。

寝しなにふと思った。今日の仕事は10時と3時の休み以外に何度か5分の休みがあったような気がする。いや、きっとあった。でも、もう思い出せない。アクエリアスと共に体外に出たアルコールに混じって、今日の記憶は排泄されたようだ。


酒の飲めない私が、ここまでの経験が出来たことは大きな収穫であったが、二度と経験したくないと思うのも事実だ。
「体力」「酒好き」「情け」この3つがこの島のキーワードのようだが、僕には初めの2つがない。