2月6日(その8)
8時を過ぎた頃、「あーユキさんちへ行かなくては」とも思ったが、行けるわけがない。少し頭が落ち着いてきた、8時半過ぎに頑張ってお風呂に入ることにした。少しは楽になるだろう。昔のロボットの映画をスローモーションで動かしたら、こんな動きだろうと思える動きで、体を起こし服を脱ぎ、着替えを集め、風呂に入った。暖かいシャワーが体に気持ちよい。しかし頭には良くない。グルングルンしてくる。相変わらずスローモーションロボットの動きでシャワーを浴び、生きて出てくることが出来た。少しは楽になった。そしてロボットらしく確実に作業を進め、服を着始めた頃、家の前にバイクが止まる音がした。久野さんであった。いつまで経っても来ないので呼びに来たのだ。自分で時計を見る元気はないので久野さんに時間を聞くと「9時を過ぎたところだ」と答えが返ってきた。どうにか服を着て久野さんのバイクの後ろに乗ってユキさんちへ行くことになった。デロデロの顔をした僕がバイクの後ろに乗っている姿は、背後霊の様に見えただろう。しかし、この島では幽霊の話を聞かない。幽霊には向かない季候なのだろうか。
店に着いたら横になろうと思っていたら、なんとこの時間でもお客さんがいた。とりあえず、ストーブの前に座った。横になりたいが、久野さんの自宅まで歩く元気はとうていない。もうこのまま固まって「どうにでもなれ」と言った気持ちだ。
僕の座っている横には大きな長いテーブルがある。商売用のものだ。お客さんが座っている。よく見るとお客さんと言っても見知った顔だ。島に住んでいる姉弟で皆見事な体格をしている。昨年のクリスマスパーティーや久野さんの誕生日のパーティー等で顔を会わしている。僕が苦しそうにして木の切り株の椅子にうずくまっているのを見て、一番末の妹さんが僕に声を掛けてきてくれた。「おじちゃん、こっちへ来たら」。胸がドキドキするぐらい嬉しかったが、「ありがとう、でも今日はもう飲めないんだ。飲み過ぎていてね。ストーブの前が暖かくていいんだ」と答えるのがやっとだった。実際、寒気を感じていた。
そんな僕を見て、ユキさんが心配して氷をビニール袋に入れて持ってきてくれた。「これで頭を冷やしなさい」。ユキさんはいつも命令調だ。しかし、どこかおどけた口調に「はい、そうします」と答えてしまう僕はウブなのだろうか。(その時はこんなことを考える余裕などない。)ただその袋を受け取って、言われるがままに頭に乗せるのが精いっぱいだ。

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