■ 冒頭 ■
毎度のことですが改行やアンダーラインは私が入れています。
◉厚生省令第四十号
狂犬病予防法施行令(昭和二十八年政令第二百三十六号)第六条第二項の規定に基き、及び狂犬病予防法(昭和二十五年法律第二百四十七号)を実施するため、狂犬病予防法施行規則の一部を改正する省令を次のように定める。
昭和二十九年七月十七日
厚生大臣 草葉 隆円
狂犬病予防法施行規則の一部を改正する省令
狂犬病予防法施行規則(昭和二十五年厚生省令第五十二号)の一部を次のように改正する。
(引用元)以下より入手した画像データを見て手入力しものです
もし誤字脱字等見付けられた方がいらしたらページ末尾からご連絡しただければ幸いです
大蔵省印刷局 [編]. 官報 昭和29年(7月)-(8月) 19540700-19540800, 日本マイクロ写真 (製作), 1954. 第8261号 P.239
■ 狂犬病予防法施行令第六条
施行令の第六条は「薬殺の方法」。
第二項は以下
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2 毒えさに用いる薬品の種類は、厚生省令で定める。
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「厚生省令で定める」とあるので、施行規則で定めます。
個人的に、現在であれば(この条文は今でもありますが)実施しようとしたら反発を呼ぶことになるし、そもそも「狂犬病に罹った犬に毒えさを用いることができるのか?」疑問でした。それら疑問に付いて当時の状況が分かる、そして学術的な情報を得られる議事録がありました。
議事録
第19回国会 参議院 厚生委員会 第20号 昭和29年3月29日
(議事録)第19回国会 参議院 厚生委員会 第20号 昭和29年3月29日
法改正施行前に行われた委員会の議事録。
参考人として、東京大学教授 北本治先生(ワクチン関係)、日本動物愛護協会理事長 齋藤弘吉先生(薬殺関係)をお呼びして意見を伺っています。とてもボリュームのある議事録ですが、興味深く読ませていただきました。
参考人の先生方は、専門的な内容の内、法改正に関連する部分を分かり易く説明してくださっています。
また、委員長の上條愛一先生他、厚生委員会理事、委員の方々の庶民目線の質問が理解を深めさせてくれます。
施行規則の改正にはワクチンは関係ありませんが、それも含めてご一読いただければ幸いです。
以下、この議事録から、私が注目した点を書いてゆきます。
議事録
第19回国会 参議院 厚生委員会 第20号 昭和29年3月29日
■ 当時の狂犬病ワクチン
当時のワクチンの開発状況が分かります。以下のリンク先が(ボリュームありますが)「開発中」であることが感じられる。
003・北本治, 005・北本治, 012・北本治, 014・北本治
その後、後遺症について話題になっていますが、当時新聞に「脳に空洞ができる」(037・谷口弥三郎)という記事が出て(当時、新聞の影響力はとても大きかったので)多くの人が不安になったようです。
~ ~ ~
狂犬病が撲滅できていなかった時期に(人間の噛まれたからうつ暴露後)ワクチンの副作用(特に重い後遺症)について世間一般に語られていたことは私も見聞きしたことがあります。
当時は狂犬病が注目されていた時代でもあり(今でもそうですが)ワクチンによる生涯にわたる副作用(後遺症)も注目されることになります。
狂犬病がある地域で犬に噛まれても必ずしも狂犬病を発症し亡くなるとは限りませんが、発症してしまったら亡くなるしかありません。なので(現在の話ですが)とりあえず暴露後ワクチンを接種するのが無難だという考えになります。
しかし当時は、噛まれてワクチンを接種しても効かないことや先に書いた後遺症のことも知られていました。
そうなると噛まれた後、以下の可能性から選択することになったそうです。
・ワクチンを接種せず、発症し、亡くなる
・ワクチンを接種せず、しかし発症せず、今までと変わらず生活できる
・ワクチンを接種し、それが効いて、今までと変わらず生活できる
・ワクチンを接種したが効かず亡くなる
・ワクチンを接種し命をとりとめたが生涯にわたる後遺症が残る
ワクチンを接種せず発症し亡くなったという話も聴いたことがあります。
~ ~ ~
この議事録を読むと誇張された新聞報道による影響もあったのではないか、と考えたりもしました。
そして現在のワクチンへと向かっていることを042・北本治に感じました。
(参考)最近の狂犬病ワクチン
戦後のワクチン開発 @ 日本における狂犬病制圧の歴史
■ 毒えさによる薬殺
私が「狂犬病に罹った犬を毒えさを用いることができるのか?」と抱いていた疑問の答えになる部分。
050・齋藤弘吉 の中から以下引用します。
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(前略)狂犬病にかかつた犬は物を食べないのでございます。食欲が全然ございません。物を食べられません。水も飲みません。(中略)。ですから先ほどの十八条の二も、薬殺というのも狂犬病にかかつた犬は駄目です。移るかも知れないという周囲の犬を殺すだけしか役立ちません。
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前後しましたが、基本的な内容は(こちらも非常にボリュームがありますが)以下の発言になります。一読いただければ幸いです。
法改正前に毒えさによる薬殺が行われていて関係のない犬が死んでしまったことや、昔の方が犬がしっかり管理されていたこと、今回の改正について欧米の多くの団体(アメリカの小さい町の動物福祉協会も)が反対の立場をとったことなど、興味深いことが書かれています。
また、一頭の狂犬病もないぐらいの状況が16年続いても密輸した犬一匹から三百十九件狂犬病が発生した英国の事例の紹介などがあります。
007・齋藤弘吉
非常に情報量が多い発言です。また人と犬との関係について再確認させてもらえる内容もあります。
発言者は、毒えさによる薬殺に否定的な考えをもっています。この点に限らず、狂犬病対策全般について話をしています。
・当時狂犬病を撲滅し、約三十六年間は一頭も出ていないイギリスの対策について(浮浪犬などを収容し、ある程度飼い、狂犬病の注射をし、去勢避妊をした上で欲しい人にあげる)
・それに比較して日本の現状と、試行錯誤について語られ、安楽死、処分についても語っています。
・法律で公示期間満了後、処分が出来るまでの期間を「三日以内」から「一日以内」に対する意見
・「五キロメートル以内」を削るについて言及し、関連して、毒えさによる薬殺について。
・実は法改正する前から薬殺が行われ自宅の庭にいた飼い犬が死んだ事例が幾つかあった。
・狩猟法における野犬野猫との整合性。
・昔(警視庁が管轄していた時代)の方が進んでいた(昔は牝犬が出産したときには全部警察に届けさせていた、去勢を無料でしてた、避妊手術は有料だったが所有者の負担を軽減させる仕組みがあった、など)。
・日本における毒えさの問題と海外での考え方
・英国の狂犬病対策(口輪)、16年間狂犬病の発生がなくても一頭の狂犬病の犬が入っただけで一年に「三百十九件狂犬病が発生」など。
・アメリカの対策、動物虐待防止会の活動など。1953年のシカゴでは狂犬病が非常に問題になっていた、など。
・インドの例、対象の動物が多い(犬、ジャッカル、狼、狐、猫、豹)が薬殺はしていない
・オーストラリア、ディンゴ対策で硝酸ストリキニーネを使ったが、反対抗議が世界連盟から出て本年から中止になるだろう。
・今回の法案は、英国のロイヤル・ソサイエテイ他、諸外国の団体から阻止してほしいとの声が届いている。
・ニューヨーク・タイムズも「人道上無視できないからどこまでも闘う」と言っていた。
・このように諸外国団体、新聞社まで懸念している。
以上のような内容があり、以下の意見を述べている。
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これらのことが対外的に非常に日本人が誤解される、残虐な国民だといつて誤解される面が非常に多いのじやないか。これは私たちの会も戦争中に日本人が捕虜を非常に虐待したということからこの会ができたのでございまして、日本人の捕虜のインテリを印度で集めまして、いろいろなテストをしました結果、動物に対しては非常に残酷なことを平気でやる、丁度日本の子供にしますならば、とんぼをつかまえて揚子を付けたり、蝉の羽を取りましたり、そういうことで日本人が平生は非常におとなしいが、何かの機会があつたときは、非常に残虐なことをする、これは平和になつたら日本でも外国と同じような動物虐待防止会を設けて、日本人にそういう残酷性をなくしてもらわなければ安心してつき合えないというので、それでマツカーサー夫人が会長になられまして、それでこれはお前は日本人の代表だからというので選挙をされまして、それを何とか残虐性を取つてもらいたい、そういう懸念なしにつき合えるような民族にしてもらいたい、こう言われたのであります。で、この会ができたわけでありますが、そういうように世界の各国の民族が非常にこの大戦によつて日本人を残虐性のある民族だと考えているときに、又誤解の種を播くようなことはよほど注意しなければならない。そのほかに方法が全然なくて仕方がないのならともかくも、方法があるならやらないほうがいいのじやないか。殊に観光にもこれが大きく宣伝されますと非常に差支えるのじやないかというふうに思つております。
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最後に、人にとって犬がどれだけ特別な動物か語り、狂犬病対策を考えるにあたり「犬自身の苦痛の少くなるような方法をとる」べきと論じ、「研究がまだ不十分である」ので「相当期間をおきまして、これを審議」した方がいいのではないかと結んでいます。
■ 余談(日本のヤマネコ)
以下の発言を読んでいて、イリオモテヤマネコが発見されたは1965年、ツシマヤマネコは昔から知られていたし絶滅の危機にあり続けるのにマイナーなのには同情してしまう。
戦後すぐの日本でヤマネコといえば、「千島にいる山猫」(たぶんクリリアンボブテイル)だった。千島列島のロシア名がクリル列島。
さらに近年度々議論にのぼる、鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律施行規則 別表第二 狩猟鳥獣(第三条関係) に記載されている「Canis familiaris(ノイヌ)」「Felis catus(ノネコ)」の問題にもつながる。
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045・湯山勇 (全文)
○湯山勇君 これは相当学問的な、分類学的な立場から言うと、野犬とか野猫というものは、野原にいるから野犬であり野猫であるとするならば、山にいるなら山猫とか山犬と、こう言わなくちやならん。ところが山犬と今の犬とは全然種類が違うわけです。それから又山猫というのも、山にいるというので山猫だとすれば、これは千島にいる山猫それだけしかないわけで、この表現というものは極めてあいまいなものだと思いますが、これは動物界に関係していらつしやる方の御意見としてはどういうふうにお感じでございましようか。
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■ 余談(ノイヌ、ノネコ問題)
上記045・湯山勇のリンクを開けば、その先の議論を読むことが出来ます。そして先に紹介した050・齋藤弘吉に辿り着き、その中に「現在の厚生省の狂犬病予防法改正案と狩猟法との関係かどうもはつきりしていない。相衝突するものがそのままなつている」との記述があります。
この20年くらい、さらに近年は奄美をはじめとするノネコ問題が議論されますが、日本が占領下から独立した頃からの問題あり、放置されていたことがうかがえます。
ただし、野生動物保護(特に希少動物保護)の視点からみれば、野生化したイエネコは希少動物保護活動している人の中では広くしられた事実です。
その対策について希少動物保護活動をしている人たちは長年苦労しています。
分かり易い記事として以下があります(2016年10月の記事)。
野外のネコは完全排除すべき? 米で大胆意見に反発も @ NIKKEIリスキリング
上記ページ中の一文を以下に引用します。
「マラ氏とサンテラ氏の本は、大いに歓迎したいです。外ネコが生物多様性へ与える影響について考えようという人はとても少なく、それをオープンに話そうという勇気のある人はさらに希少です」
世界的にも、オープンに話をすることは勇気が必要な話題であるので、日本で70年以上そのままになっていても不思議はありません。
昔の見解がどうであったかを議論の基礎にすることがあるようですが、世界規模で希少野生動物保護活動の現状を知り、それを議論の中に入れることも必要ではないかと私は考えることがあります。
■ 参考人の意見を一通り聴いた後
論点が絞られてきて以下の議論がなされる。
・齋藤先生は(狂犬病に罹った犬は食べ物を食べないので)毒えさに対して慎重な姿勢
・狩猟法(毒えさの禁止)との衝突するが、知事の権限で、害獣駆除の許可を受ければ罰せられない。
・一匹の狂犬は多くの人を噛むことがあるが、ワクチンがあるのですぐに対応すれば命を落とすことはない。
・避妊去勢を広めることも視野にいれたい。
この委員会は昭和29年3月29日、狂犬病予防法の一部を改正する法律が交付されるのが 昭和29年4月30日。
既に成立は決まっていた時期だったのかもしれませんが、科学的な知見に立ちながらも心のこもった議論であったことは羨ましくも感じました。
また各内容を読んでいて(科学の進歩の差は明らかですが)飼い主がいない犬や猫の対策、具体的にはシェルターに保護して新たな飼い主を探す、避妊去勢の推進など今も続いている問題を当時から取り組んでいたことが分かりました。
この委員会の内容が、法改正に直接影響を与えることはなかったようですが、施行後だされた通達に反映されていました。
以下の通達です。別ページで少し触れます。
○狂犬病予防法の一部を改正する法律等の施行について (昭和二九年八月二七日)
(発衛第二五七号)
(各都道府県知事各政令市長あて厚生事務次官通達)
次回から各改正内容の説明に入ります。
先にも書きましたが、一般飼い主に関係があるのは、注射済票の変更くらいです。
もし内容に間違いがあることをお気づきの場合、疑問点がおありの場合等、以下の「こちらから」ご連絡いただければ幸いです。
2025.5.6 引用元変更「官報検索!」⇒「国立国会図書館のコピーサービス」
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