何度も断っておきますが以下「私の理解」での「法律とは?」です。
日本に暮らしていれば日本の法律を守らねばなりません。守れないとしても知らないよりも知っておいた方がいいでしょう。
何故?、遠い昔、小学校の授業で習ったような記憶がありますが詳しいことは忘れましたので、ちょっと調べてみました。
社会(この話の場合、日本という国とおもってください)が個人を認め守ってくれて、その個人間の契約が許され守られ、団体とか地域が民主的に運営されるようになり、その最も大きい(総括的?)ものが国とされる。
その国と個人との繋がりや、個人間の繋がり、個人と団体との繋がりがあり、私たちは生きている。それら繋がりを調整するルールが法律。
日々安心して暮らせること、初めて出会った人とでも安心して契約(約束事)が出来るのは法律のお陰です。
家の中にいれば電気・水道・ガスのお世話になっている人がほとんどだと思います。外に出れば道路を歩きます。自動車や自転車に乗ったり電車に乗ったり。それらは多くの法律の下、管理・運営されています。
長年日本に暮らしていると当たり前のことに感じますが、世界的にみればこれらの質の高さを含め、とても恵まれた環境だとおもっています。
また、義務教育というものがあります。日本に産まれた人の感覚だと「当然受けるもの」「面倒だけど受けないとならないもの」と思ってしまいますが、ご存知の通り、世界を見渡せばとても贅沢なことです。
さらに、国民に与えられた選挙権や隣国との紛争を感じずに過ごせる日常なども国により守られ、それらも法律の下、運営されています。
お世話になっている話ばかり書きましたが、国が運営出来るには皆が少しずつ力を持ち寄らねばなりません。そのためのことを国民の三大義務と呼ばれているみたいです。
まず教育。一人一人の力をつけるのは教育。力をつけて国に力を貸してねと私は理解しています。
次に勤労。さらに次の納税にも関わってきますがそれだけではなく、働くことで人と繋がり、業界で繋がり、地域と繋がり、それが国を強くしてゆくのだと、私は理解しています。
そして納税。勤労の結果だけではありませんが、国のルールの下、経済活動をして利益を得たら少しは国に還元してね、ということなんだと私は理解しています。
これらについても法律によりルールが決められ運営されています。
あくまで「私の理解」ですが、その根本は、個人間の利益の調整(平たくいえば、感覚・感情の調整)なんだろうなと考えています。
可能な限り多くの人が納得(我慢?)出来るよう調整して、皆で力を合わせ国として強くしてゆこう、という感じなのだと思います。
その調整には基本的に多数決が使われます。
それに対し現在ではダイバーシティなどという言葉もよく聞かれ、少数派の人たちも生き易い世の中にしようという考えがあります。
私は、そもそも少数派の人たちを排除しようとする理由はなんだろうと思うことがありました。たぶん、その人たちのために、それぞれルールを設けるのが手間だからということなのかなと想像しています。
ここでは詳しく書きませんが、法律というルールに100%納得していない人もいるし耐えられないと感じている人たちもいます。
これは動物との付合いでも同じです。特定の場所に集まった多数派が考えて作ったルールでは、生活が崩壊したり、命を奪われてしまう状況に置かれる人が出てくることもあります。
法律はよく考えられていますが「なんか煮え切らないな」と思うことがあります。それはたぶん、この様なことが関係しているのでしょう。
このサイトでは、そのような視点も忘れないようにしたいです。
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とりあえず作成。
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